リバウンドのスパンと再び襲った酷い悪化の波


高校生の頃に脱軟膏を始めた直後は急激に悪化しましたが、

その後は長い時間をかけて治癒、悪化、治癒を繰り返し、

段々アトピーの症状は落ち着いていきました。


そのスパンは、

数カ月に1回、半年に1回、1年に1回、そして4年に1回と悪化の間隔が伸びていきました。


このままいけば今後大きな悪化を経験することなく生きていけるだろう、

そう思っていたのですが、残念なことにそんなに甘くはいきませんでした。


大学を卒業し、社会人になり、働き始めてから数年後のこと。

高校生以来の酷い悪化が再び襲い、

それに伴い高校生の頃の炎症でできた白班も広がってしまいました。

(白斑に関しては『もしかしたら白斑の原因は』を読んでいただけました嬉しいです。)

後から振り返ると、ストレスや寝不足など、色んな原因が重なったのだと思います。


1月に入りアトピーが悪化し始め、

3月にピークを迎え、その後5月ごろにかけて徐々に落ち着き、

6月には今まで通りの生活を送れるようになっていったのですが、

高校生以来の悪化にひどく落ち込んでしまい、

体だけでなく精神的にもとても辛い期間でした。


高校生の頃は脱軟膏によるリバウンドだと理解していたのに対し、

何をきっかけにここまで悪化してしまったのか分からず心身ともに苦しい日々。


顔はむくみ目は赤く腫れ、手の甲もひどく炎症し、そして高校生のころと同じく首の後ろにも症状が現れ、今回は首が一番ひどく、そして長く症状が出てしまいました。

日常生活を送ることさえやっとなのに、仕事を休んだら収入がゼロになってしまう為休めない。

幸い服装は自由で、3月ごろはタートルネックを着ても暑くない気温だったため、

洋服に血が付かないように、また摩擦はもちろん風に当たることさえ痛かった為、首を保護するために包帯をグルグル巻いてタートルネックを着て隠しました。

手の甲はユニクロに売っていた写真のような手の甲を隠しやすい上着を着て出勤していました。

それでも顔はどうしても隠せない、色のついたサングラスをして仕事することもできないため、「誰にも会いたくない。引きこもっていたい。」と酷く落ち込み、全身に症状が現れている為か体も疲れやすく、「働きたくない。休みたい。」と心身ともに疲弊していました。


また高校生とは違い一人暮らしをしていた為、掃除、洗濯、日用品の買い出しや自炊など、すべてがおぼつかず、部屋が酷い状態になってしまった為、申し訳ないと思いながらも母に助けを求め、何とか仕事に通いながら日常生活を維持していました。


そんな中一刻も早く症状を改善さないと、仕事でも母にも迷惑をかけてしまうと、いろんな病院や薬局を調べて通いました。

まず始めは、ステロイド以外のお薬を処方してくれる近くの病院に行き、いただいた塗り薬を塗ったのですが、私の肌には合わなかったようで余計に悪化し。

今度は採血をして、その結果を見て保険適用の漢方を処方してくれる病院に行ったのですが、処方される漢方が行くたびに変わるだけで、症状の変化を全く感じることができず。

保険適用では処方していただける漢方には限りがある為、もっと自分の体質に合った漢方を探すためには、漢方専門の薬局に行って症状を相談した方が良いのではないかと思い、漢方を毎日煎じて飲んでいたこともあります。

でもどれも目立った成果を感じることはできませんでした。


そして改めて自分と向き合い考えました。

それまで数年間、私がアトピーだと伝えない限り見た目では分からないほど落ち着いていた。

そして悪化前に別に何か肌に塗ったわけでもない。

何の一体何が原因で悪化してしまったんだろう。


たしかに同僚との人間関係で今までにないストレスを感じていた。

プライベートの時間でも夜中から朝方まで友人と電話をしている日が増えていた。

そしてインスタントやスナックは元々食べないものの、お蕎麦やラーメン等の麺類はよく食べており、今と比べると食事にはあまり気を使っていませんでした。


何か1つの決定的な原因があるわけではなく、日頃の生活習慣、食習慣の積み重ねで、ここまで悪化してしまったのではないか。


そう思い、

これまでの生活を見直し、

改善していく決意をしました。


グルテンフリー生活へ「食材の工夫」へ続く。



コメント

このブログの人気の投稿

免疫の正常化を目指して~睡眠(交感神経と副交感神経)~

脱軟膏 に挑む

グルテンフリー生活へ「食材の工夫」